【千石らすかる。、】を勝手に応援するサイト

2020年にポコチャ・ライバー「らすかる」さんを応援する記事を入れました。もともとはアプリ解説サイトです。

【千石らすかる】震災の辛い経験を語る ~Pococha 人気のライバー~

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はじめに

昨晩の「らすかる」配信で、「らすかる」さんは明らかに落ち込んでいた。

午前の配信で不適切な発言のリスナーさんがいた事、変顔を強要されていた他のライバーさんの配信を見たが注意できなかったこと、生活感あふれる物忘れ、コロナウィルスで、テンションは低めで配信が終了しそうな状態であった。

 

 しかし、ちょっとしたことから、東日本大震災の辛い経験を語る内容に移り、思わず涙することになった。

 

 

「らすかる」さんが言ったこと

 ・今、宮城で頑張っている人がいるから、宮城に来てみて!とよく言うが、被災者の心の復興は一生できないだろう

・今は言葉で言えるけど、震災直後は、本当にひどい事態で何も言えなかったのだから

・宮城で、うちは大丈夫!と思っていた人ほど亡くなった。そう言わないで欲しい。

・誰かの一言や、ちょっとした選択で助かる命があった

・人の命は明日どうなるか分からないが、次の災害が起きた場合、どうすべきかこころの片隅にでも考えているだけで変われる。命は助かる。

・私はネガチィブには言っていない。震災経験の発言がどう解釈されるか、みな考えは違うと思うが、子供を持ち、家庭を持つと、自分と家族を大事に心配するのは当然のこと

・今、こうして経験をひとりひとり語り継ぐことで、自分の孫の世代でも助かる命があればいい

 

 筆者の震災の経験

  筆者も、家族は大丈夫であったが、海の近くの父方の親戚夫婦を亡くしている。また家内は震災時、海のそばの商工会で働いていてが、職場の上司の機転で”山に逃げろ”と言ったことで助かったそうである。でも通信手段が途絶え3日間音信不通たっだので、筆者は、もうだめだろうと思い覚悟したことを今でも覚えている。その近くの銀行では、銀行内に留まったために、犠牲者が多数発生した、宮城の被災地だった。

 

 語ろう震災の経験

9年目の311まで、あと一か月だが、とにかく、将来に向けて伝える事に意義があると思う。つづきは「らすかる」配信で。

 

 

注意:この記事は個人的にこのライバーさんを応援する目的で書いている。使用写真と文面は、らすかるさんの確認を得ています。無断転記は禁止します。

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